#071 追記・新宿八犬伝第五巻 2011.02.05.SAT
■ボンヤリと新聞など眺めていて、何ということもないコトバについ目を奪われてしまう。それは例えばこんなコトバである。
「悪質な犯罪」
■では良質な犯罪とは一体何か。20年前に家出をした一人息子の帰りを今も待ち続けるも既に老衰し、半ば以上ボケてしまった老婆に対して見るに見かねた青年が「俺が息子だ。母さん帰ってきたよ」と嘘を言い、ヒシと抱き合って満足させてやることか。というか、それって犯罪か。同じ理由で「非人道的兵器」というのも相変わらず謎である。では人道的な兵器とは何だ。自動くすぐり装置とか、そういうものか。ちょっとイヤらしいじゃないか。それもどうなんだ。謎は深まるばかりである。
■さて以前書いた「新宿八犬伝第五巻」の感想ですが、戯曲集(新宿八犬伝・完本)を購入して、改めて第一巻から第五巻までを再読したところ、分かったことがあるので追記しておきます。ネタバレをしているので未読の方で結末をお知りになりたくない方はご遠慮下さい。
■実は芝居を観たときに、唯一得心しかねる部分があったのですね。それは物語のラストで新宿ジャンゴの正体が、第一巻の主役、フィリップ・マーロウであると明かされる場面。コレって必要だったのかなあ?と思ったのです。その設定が出てくるタイミングが物語の最後で何だか唐突だし、第一それが判明したからといって特にどうということもない。物語に影響のない設定だし伏線にもなっていないしで、何だかいかにも取って付けたような感じがして疑問だったわけです。単なるファンサービスのつもりなのかも、とも思いましたが、それにしたってピントがずれている。そこだけモヤモヤしたことを覚えています。
■ところがですね。改めて第一巻を読み直していたら、そのラストに、次のようなものがあったのですね。第一巻の「伏姫」である奥方に、マーロウが言うセリフ。
「そう、あなたは伏姫。そしてこのぼくは八房!」
■すなわち、マーロウの正体は伏姫の忠犬であり、八犬士の親でもある八房だったわけです。ハっとしましたですね。つまりマーロウ=ジャンゴであるなら、ジャンゴもまた八房なのです。であるからこそ、第五巻の最後に、盲導犬である闇だまり光を失った「伏姫」姫川マキにジャンゴが手を差し伸べて言う「今度は俺が君の犬になるから」というセリフが生きてくるし、闇だまり光が「物語からはぐれた登場人物」であることの残酷な証明にもなっている。「伏姫」姫川マキの盲導犬であるという彼のポジションは、実は初めからジャンゴ=マーロウのものであり、光はその代役に過ぎなかったというわけです。ジャンゴ=マーロウと明かすことは、新宿八犬伝という物語を構造として循環させるために必要な装置だった。迂闊なことに観劇当時は気づきませんでしたね。まあ、普通気づかないよ。
■しかしスッキリした。面白かった。新宿八犬伝(完本)、いい本です。高いけど、いい本。
■夜の深い時間に作業をしていて、イロイロと煮詰まってしまったので、フイに散歩に出かけた。凍るように寒い夜の住宅街を、背中を丸めながらアテも無く歩いた。と、あるアパートの一階の窓から、温かくも美味しい香りが漂ってきた。スープか何かを煮込んでいるらしい匂いである。明かりの付いたその窓からは、香りと一緒に楽しそうな鼻歌が聞こえてきた。女性の声であった。金曜の夜。きっと明日は休みなのだろう。誰かを迎える準備をしていたのかも知れない。少し調子を外したその鼻歌が、眠るまで耳に残っていた。
小野寺邦彦
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トウキョウ・エントロピー