#051 ふぞろいな男女 2010.08.28.SAT


■8月も終わろうというのに、暦の上では秋だというのに、モウ全く涼しくなる気配がない。連日、タイにも負けない熱気(と、タイ人が言っていた)。このまま熱帯になってしまえばいい。アロハの国になってしまうといい。

■猛烈な日差しの中を一時間も歩き回っていると、頭がジーンと痺れて足元がフラついてくる。これはいかん、と涼を求めて駆け込んだ昼時の喫茶店はギッチリ満員である。そうだろうなあ。今年はなあ。喫茶店もさぞ儲かるだろうよ。メニューを見ればグリーンカレーに冷製パスタ、調子に乗った新メニューも開発されようというものだ。氷ばかりのアイスコーヒーをすすり、しばしグッタリとしていると、後ろの席から女性の話し声が聞こえてくる。

「なんで!なんであんなオトコと付き合ってんの!不揃いだよ!絶対あの二人、不揃いだよおぉ!」

うん、不釣合い、かな。不揃い不揃いと連呼されると中井貴一とか時任三郎とかの暑苦しい顔が浮かんでくる。折角涼しくなった体にじっとりとイヤな汗が浮かんでくる。熱帯の気候では大人しくしておいて欲しい顔である。そんな気持ちもお構いなしに、「不揃い」がこだまし続ける昼の喫茶店である。

■そんなハナシに耳を傾けていると、フと、以前工場でアルバイトをしていたときのことを思い出した。

■高校を卒業したばかりの19歳や20歳くらいの若い女の子が、よく40代や場合によっては50代くらいの男性と付き合っていることが多かった。若くてかわいい普通の女の子がですよ、別にチョイ悪とか、ロマンスグレーなんていう類じゃない、しょぼくれたフツーのおじさんとイチャイチャと付き合っている。休日は山登りなんかして、お土産に銘菓をくれたりする。そして多くの場合、女の子の方がおじさんにぞっこんで、おじさんは結構女の子を振り回していた。痴話げんかの果て、階段の陰なんかでシクシク泣いている女の子の姿なんかもたまに見た。で、数ヶ月に渡ってリサーチしてみたところ(何せ仕事が退屈で毎日ヒマだったのである)以下のようなことが分ったのだった。

■女の子は女子高出身者がほぼ100パーセントであった。また、大人しい感じの子が多く、男性と付き合ったり遊んだりした経験があまりない、どっちかというと「男の子は苦手」といった感じの人がほとんど。早い話が男性に免疫がないのである。自分と同世代の男の子と接することに苦手意識があり、プレッシャーを感じずに接することが出来る男性はいわゆる「お父さん」のみというワケだ。そこでパクっとやられてしまうんですねえ。おじさん連中もそこは心得たもので、そういった女の子を見極め、近づき、モノにしてしまう技術というものはハッキリと確立されている。「一緒にいて楽」そう感じさせれば勝ったも同然だそうで、ハッキリ言ってチョロイのだと言う。会社員をしている友人に聞いたところ、会社にもそのテの親父はよくいるそうで、やはり男にほとんど免疫のナイ女子大出身の新入社員なんかがターゲットにされ、まあ簡単に落ちる落ちる、ということであった。毎年、誰が一番かわいい新入社員をモノに出来るか競っている連中までいるそうである。仕事をしなさい、仕事を。

■ところでその話を聞かせてくれた会社員の友人というのは女性である。久々に会って近況を聞くと会社に入って2年、既に3人の男性と付き合ったという。その3人ともが上司でいわゆる「おじさん」、うち一人は妻子ある男性だったそうである。彼女もマア一見して「大人しそう」で「男に免疫なさそう」な感じのする女性であった。彼女曰く「オッサンをその気にさせるのなんてチョロ過ぎる」とのコトである。・・・おじさんと女の子、どちらがチョロく扱われているのか、あまり知り過ぎたくはナイものである。ただ一つ、確実に言えることは、件の友人の持つバッグが、会う度にグレードアップしているということだけだ。あ、それとこのテの話に「若い男」は一切出てこない、ということですね。なんて哀しいハナシだ。

■月曜日のこと。夕方、新宿で少し時間を持て余したので、ふらりと映画館に行き「キャタピラー」を観た。凄いか?と聞かれれば凄いが、面白いか?と言われれば、つまらないとしか言いようのない映画だった。いや、「凄い」も「つまらない」もこの映画の感想として十分なものではナイ。「凄いけどつまらない」、そうとしか言いようのない作品だった。貶めようとは思わない。なかなか撮れる映画ではないことは間違いがナイ。ただ、前情報以上のものが無かった。期待通りの作品で、期待以上のものはナニもなかった。でもしばらくしたらフと見たくなるような映画かもしれない。そういえば「水のないプール」はそんな作品だった。手元に置いておきたくなる作品は、そうはない。

■映画館を出て、駅へ向うと、乗るつもりだった京王線のホームで事故が起こっていた。誰かが「死んでる、死んでる!」と何度も繰り返し叫んでいた。まるで子供のような声だった。今も少し、その声が耳から離れないでいる。

小野寺邦彦