#044 パラダイムシフト 2010.06.19.SAT


■6月。デスクワークの合間にチラチラとワールドカップを見る日々。

■普段あまりサッカーなど見ないからまだ新鮮に見れているが、やはりテレビスポーツ解説には常套句が付き物で、サッカーもその例外ではないのだなと知る。なかでも「これがワールドカップです」というのが多すぎて煩い。スペインがスイスに負ける→「これがワールドカップです」。フランスが点を取れない→「これがワールドカップですよ」。オーストラリアがドイツに4失点→「これがワールドカップなんですねえ」。・・・知ってるよ。これはナニもワールドカップに限ったことではない。「これがオリンピックです」「これがウィンブルドンです」「これがマスターズです」。だからなんだよ、この野朗。

■そう言えば高校受験のとき、学年で極めて成績優秀だった男子生徒が試験当日風邪を引いてしまい、絶対確実とされていた志望校を落ちてしまったことがあった。すると教師はその事例を朝礼で引き合いに出し、あまつさえ本人を自分の横に呼び、彼の目の前で言ったものである。「これが受検というものです」。よく殴られなかったな。

■さて先日、多摩美共通科の教授であらせられます高橋周平先生とお話させて頂きました。こちらからお願いして、まあ、一応対談というか、酒飲んでクダまいたというか・・・。ホッピーをこぼしてしまったりして、ご迷惑をかけたり、さらにはすっかりご馳走にもなってしまいました。うう・・・有難うございます。で、その様子は次回公演の上演台本にオマケで収録する予定なのですが、そこからちょっとコボれてしまいそうな話があったので、書いておきます。

■一年ほど前の話。事務用品の搬入のバイトで、都内の某公立高校に行った。作業自体は短時間で終わったのだが、担当者が不在とのことで、ハンコが貰えず帰れない。仕方ないのでしばしの間休憩となった。コの字形に建てられた校舎の内側のスペースに設けられた中庭でダラダラしていると、丁度昼休み、生徒たちがワラワラと沸いて出て、たちまちの大賑わいとなった。思えば私が高校生だったのも、最早10年も前のことである。さぞや隔世の感があろうと、生徒たちの姿をぐるりと見渡したのだが・・・。アレ?

■驚くほど、違和感がないのである。何も変わっていない。おかしいな。だって10年だよ。10年経っているんだ。「ああ、俺等の頃とは変わったなあ」と思うのが普通だ。でも、同じなのだ。同じに感じるのだ。何故だろう?それはすぐに分った。格好だ。格好が同じなのだ。特に女子。ワイシャツにベスト、膝上の長さのスカートに紺のソックスにローファー。所謂定番の女子高生ファッション。僕が高校生の頃も、女子は既にこの格好をしていた。いや、より正確を期すのなら、10年前の女子高生こそが、このスタイルを確立したのだ。

■僕が中・高校生だった90年代半ば~2000年代初頭というのは、『女子高生』という存在(カギカッコ付きのジョシコウセイ)が、やたらにフォーカスされた時代だった。一部の先鋭的な『女子高生』たちはスカートをたくし上げて『コギャル』化し、髪を『チャパツ』に染め、『ルーズソックス』を履いた。日焼けサロンに通って『ガングロ』化し、『ベル(ポケベル)』や『ピッチ(PHS)』や『ケイタイ』を使いこなし、街に繰り出した(「ベルを打つ」なんて言葉もありました。現在の「メールを打つ」の語源かと思われます)。そんな彼女たちに対する世間の視線は冷笑的で、端的に「新種の不良」として扱われた。

■だがそんな「不良」たちは日々続々と街に増え続け、見慣れて珍しくもナンともなくなり、ブームでなくなってしまった頃には、いつの間にやら「普通の子」たちもそれらのファッションを取り入れてしまっていたのだった。ミニスカートに茶髪にケイタイ。最早その姿は「不良」でも何でもなく、女子高生のスタンダードとなっていた。ブームを経て一般化されておった、ということですね。その一般化の過程でルーズソックスやガングロなどの急進的な要素は淘汰されていき、マイナーチェンジを経て「女子高生」のスタンダード・フォルムが出来上がったというわけだ。こうして彼女たちのメタモルフォーゼは完了した。

■例えば、90年代末の女子高生の姿と80年代末の女子高生の姿とを比べてみて下さい。全然違うでしょう。80年代末の女子高生と70年代末の女子高生の姿もまた、全然違うはずです。ところが90年代末の女子高生と今の女子高生の姿はほとんど変わらない。細かなハヤリモノや小物等以外の部分では、恐らく見分けは難しい。すなわち「女子高生」のファッション=形体は、90年代末に完成されてしまったのではないか。この先、これ以上のドラスティックな変化はないのではないか。社会での認識や価値観が劇的に変化することをパラダイム・シフトといったりしますが、あの90年代末~2000年代初頭にこそ、女子高生のパラダイム・シフトが為されたのではないだろうか?・・・というのが僕の考えです。

■え~い、それがどうした一体何の話をしておるのだ!と思う方は架空畳の次回公演を是非ご覧下さい。関係があったりなかったりするハズです。きっと、あります。あるはずだ。僕は信じてます。

■そんなワケで次回公演は実はもう、来月の終わりには始まってしまいます。詳細など、ホームページも更新しましたのでどうぞ宜しくお願いします。今回はね~ちょっとスゴいですよ。開き直りましたからね。本当ですよ。それではダラダラと続いてきた「未完成の系譜」もこれでオシマイです。来週からはまたすぐ次の推敲日誌が始まります。どうぞ宜しく。

未完成の系譜・完

(小野寺邦彦)