#022 ネタとヒト(その3) 2009.8.21 FRI


■前回からの続きです。

■僕は彼女の口から、どんな思いも寄らない事実が出てくるのか期待して聞いた。分別のある一人の女性を、公衆の面前であるにも構わず号泣させる程の事態とは一体何か?ハナジルを滴らせながらのべつく間も無しに喋りまくる彼女の論旨をまとめると、それは以下のようなことらしい。

■好きな男の子に告白した→振られた→悲しい

■・・・コレだけである。本当にコレだけ。ヒドい振られ方をしたとか、弄ばれたとか、ダマされたとか、そういうのもナイ。不倫とか、許されない恋とか、横恋慕とかでもナイ。ただ好きなコに告白して、振られた。それだけ。全く珍しくも無ければ面白くもナンともナイ。まさかコレだけではあるまい、こんなフツーのことであのような痴態を演じることはあるまい、その先に驚愕の事実が待っているに違いないと話を聞き続けても、それ以上の情報は一切出てこないんである。彼女はただモウ彼のことがどれ程好きだったか、今自分が如何に悲しいかを延々と言い続けるだけだ。

■僕は混乱した。そんな貧弱な理由でさっきまでの彼女の常軌を逸した奇態を説明できるだろうか。いや、できない。何かあるはずだ。彼女をあの特異な行動に走らせた、何か特別な理由が・・・。と、そこでハッとした。

■普段舞台の稽古場で僕はよく、因果律に支配されるな、というようなコトを役者に言う。つまりですね、ある結果に至ったのは、そうなるのに相応の理由があったからに違いない、という考え方をやめにしようということです。悪いことをしたから、最後には罰が当たった、とかそういうようなことですね。それはウソです。そういう世界の見方は分かりやすくて便利ですけど、実際にはもっともっと世界は不条理なモノです。何でも理解できると思わないでね、だから「こーしたから、こーなった」っていうのとは違う「見方」を見つけましょうねえ、って言ってます。ま、当たり前のコトですよね。

■でも、その僕がですよ。現実には「このヒトが今こんなフツーではない状態なのは、何かフツーではない理由があるからに違いない」って考えてしまった。偉そうなこと言って、「こんな犯罪を犯すということは普段の生活態度が、家庭環境が、趣味趣向が、近所付き合いが、卒業文集が」って「理由探し」をするワイドショーのスタンスと何ら変わらない。えー大変恥ずかしい。彼女は喋り続けていたが、僕は後半はモウずっと上の空で、反省しきりであった。で、反省していると電車が終点についてしまったので、一旦ホームに降りて、喋り尽くして満足したらしい彼女に、僕は次のようなことを言った。

■「僕だって失恋はした。そりゃモウ数え切れない程した。今後もするかもしれない。ヒドイ振られ方もあったし、二度と思い出したくないようなコトもある。でもですよ、だからといって公衆の面前で人目もはばからず号泣したり床を踏み鳴らしたりしたことはナイ。一度もナイです。多分これからもナイと思う。他にそういう人を見たこともないし、少なくとも知り合いにそういう人はいない。だからそういうコトをする人というのは、そうせざるを得ない何か特別な理由を持っているのかと思い、あなたの話に期待してしまった。ところがどーも、そういうわけでもないらしい。あなたにとっては、そりゃ大変な事件かもしれないですけど、あなたと同じような体験をした人は、ゴマンと居ますよ。むしろ体験していない人の方が少ないでしょう。でもあなたと同程度の体験をして、あなたのような態度を取る人は恐らくあんましいない。平凡な、と言ってしまっては失礼だけど、平凡な、つまり誰にでも普通に起こりえるような、ごくごく常識的な失恋を体験して、けれど普通の人とは違う(精神)状態になってしまう、ということは、あなたはフツーのヒトではないのかもしれない。もっと言えば、才能のあるヒトなのかもしれない。何の才能かは分かりませんけど。思い入れ、というのかな。感情の入れ込み方が常人とはかけ離れて強いということはあるのかもしれない。これは予想ですけど、今回の恋愛に限らず、結構日頃からそういうことが多いんじゃないですか。何か創作活動でもするといいかもしれない。そのようなヒトを世間が何というか、これは決まりきってます。「変人」ですね。マーつまりあなたはハタから見ればとてもヘンな人です」

■と、まあかようなことをまくし立てました。すると彼女は突如ケラケラと笑い出し、僕を指差して言うではないですか。「あんたこそ、変人だ」と。まーそうかもしれないですけどね・・・。 といったところでハイ、この話の教訓は何でしょう。ええ、そうですね。
「話はつまらないが、その話をしているヒトが面白い」
つまりそうゆうことです。こーゆう人を不思議ちゃんと言うんですかね。天然というのか。違うかな。

■などとどーでもいいことを考えていたら、明け方辺りはすっかり涼しくなってきてしまった。でも、まだ夏。断固として夏である。夏の間は大丈夫だ。もう少しダラダラしよう。ダラダラしながら音楽など聞く。

小野寺邦彦