#004 闇の仕事 2009.5.22 FRI


■真夏のような日差し。新宿は日中30℃を越えた。

■夕方、人身事故があったようで電車がホームからなかなか出なかった。
発車予定時刻を10分あまり過ぎていたのだが、動き出す気配はない。マー誰に文句を言うわけにもいかないのだが、待つしかない身にはイライラが募るところです。周りの人々もケイタイをいじったりゲームをしたりしてはいるが何となく落ちつかず、全体的にカリカリとイヤなムードになってきていた。
と、傍らに立っていた若い女性の二人組が、けっこうな大声で喋りはじめた。初めは聞くとはなしに聞いていたのだが、次第に聞き入ってしまった。話が進むにつれ、同じ車両に乗り合わせた者皆がなんとなく聞き耳を立てている雰囲気になってきた。

A「ユミコ、こないだいたのよ」
B「ああ、あのオッパイおばけ」
A「カメムシの」
B「カナブンでしょ」
A「あ、カナブン」
B「で」
A「手、出したみたい」
B「ウソ。お持ち帰り?」
A「うん」
B「誰を」
A「カネダさん」
B「ウソ、あのハゲ」
A「ハゲてないでしょ」
B「ハゲてるって」
A「ハゲっていうか、むしろ油?」
B「ま、いいや。それで」
A「でもそれが奥さんに」
B「ウソ、ばれた?」
A「みたいで」
B「ケイタイ?」
A「みたい。で、アイドルのさ、いるでしょ、例の、ホラ。誰だっけ」
B「ユッキーナ」
A「それ!で、」

と、そこまで話したとき、発車を告げる車内アナウンスが。すると

A「あ、いかなきゃ」
B「うん」

電車を降りる二人・・・。
おいおいおい、そこで終わるのかよ。
カメムシならぬカナブンのオッパイおばけユミコとハゲているんだかいないんだか、いやむしろ油のカネダさんの浮気に、例のアイドル、ユッキーナがどう絡むというのか。 ていうか誰だ、ユッキーナ。
車中に渦巻く無言の咆哮。

■しかし・・・話の内容にも増して気になるのは、2人が何故電車を降りたのか、だ。停車中には乗っていて、発車時刻に降りるとはどういうことだろう。そこでハタと気づくと、話に聞き耳を立てている間に、優に15分は経過していた。退屈な待ち時間がストレスゼロで過ごせたわけである。
これは、あれじゃないだろうか。闇のバイト。闇の仕事だ。
停車中の険悪な車内に放たれるスパイなのである。
そこで気になる話を聞こえよがしに話し、車中の者の気を引くのだ。
気づけば皆が聞き耳を立て、時間を忘れて話の内容に聞き入っている。そうやって時間を稼ぐのだ。
メキシコでは催しものの開始時刻が遅れる際には飛び入り歓迎サッカー大会を開き、暴動を防ぐというし。それにしてもオッパイおばけユミコの行く末が気になる。

■そんなわけで、稽古に遅刻したのだった。

小野寺邦彦